山田風太郎と新聞連載小説と私

山風との邂逅は多分新聞連載小説

人生で初めて山田風太郎作品にエンカウントしたのは、多分、朝日新聞夕刊での連載『八犬伝』だったと思う。

(※当時の朝日新聞は、「受験生は必ず読んでおけ」と言われていたポジションだったんですよ。)

ひょっとすると、かなり改変された映像化となった角川映画の『魔界転生』が先かもしれないが、当時のTVCMの内容的に劇場に足を運ぶ許可が両親から出たとも思えないので(当時は小学〜中学生あたり)、やはり『八犬伝』が先なのだろう。

ある日の夕刊を大人ぶって広げて眺めていると、「次回からの新連載は、山田風太郎さんの『八犬伝』です」といった告知になぜか目にとまった。今考えても、なぜそこでピンときたのかは定かではない。後年山田風太郎の忍法帖シリーズや、さらに後年「明治もの」「室町もの」やご本人の随想等にもハマっていくことになるのだが当時の私は知る由もない。

宮田雅之による切り絵の挿絵も美しかった。

新連載告知に切り絵はなかったように記憶しているし、当時の私はピンポイントで山田風太郎という作家に入れ込んでいた訳でもなく、何が私を「よし、次の連載は毎日読む!」と決断せしめたのかはわからない。「八犬伝」が題材だったからだろうか。思考を巡らせてもよくわからないから置いておこう。

新連載開始。期待を裏切るどころか期待以上の面白さである。それまで新聞連載小説は、背伸びして大人ぶって読んでいるフリをしていたものの、ロクに理解していなかったし、早めの中二病だったのか「読んでる自分カコイイ」という自己満作業にすぎなかった。

しかし、「八犬伝」は面白かった。惹きつけられてグイグイのめり込んで読んでしまう。早く明日の夕方にならないか、と焦れったかった。日曜はともかく、新聞休刊日なる日がくると恨めしかった。それほど引き込まれた。

といっても、馬琴パートになると、さすがにテンションが下がり目になっていたのが、やはり中二病だなと今は思う。それでも、物語が終盤に向けて拡大と収束を見せていく様が圧巻だったのはきっちり印象に残っている。

問題?の、馬琴パートについて。
後年、成人していく過程で、そして会社勤めをし、超過勤務で心身を壊し休養せざるを得なくなった。それからしばらくして心身に余裕ができて、改めて「八犬伝」(だけでなく他の山田風太郎作品も)を読み返してみると、しみじみと感じ入るところがあり。劇中劇である「八犬伝」パートと馬琴パートの両輪あってこそ、との思いを強くした。リアルタイムで読んでた当時も終盤で「あ、そうなの!?」と慌てて溜め込んだ切り抜きを引っ張り出して構成の妙にドキドキして読み返したりもしたけれど…「心」に沁み入るのは後のことである。

その後、定番といえば定番ではあるが、忍法帖シリーズや柳生十兵衛シリーズを読み始め、どうやら「明治もの」「室町もの」が相当面白いらしい、と聞きつけた。

今でこそ、紙媒体で在庫抱えるにはちょっと…と判断され絶版になった本が電子書籍として復活、在庫がダブつかないから問屋喜ぶ、一部の好事家も喜ぶというwin-winワールドが爆誕したり、オンラインでの古書探しもより簡単になり、そして紙媒体で復刊されたものも多い。

しかし私が「明治もの」や「室町もの」ハマりかけた時期は、ネットはそこそこ普及はしていたが、電子書籍という概念が広がり始めたばかりの頃。古書も神保町まで足を運べば見つかるのだろうが、体力が戻りきってなかった時期でもあり、古本でもなかなか揃わないのがもどかしかった。

話がそれるが、ソース未確認情報として映画「魔界転生」(1981)の試写か何かにおいて、あまりに原作とかけ離れてると(そりゃそうよね…)山田風太郎が怒ったものの、ラストの江戸城炎上シーンは良かったと評したとの話があるが真偽不明。リアル炎上シーンは当時だから撮れたのだろう。今だと消防法の関係でCG処理になりそう。これもまたソース未確認情報だが、演者の沢田研二か千葉真一(当時)が「火が熱かった」とこぼしていたとか。ほんとにセット燃やしちゃうんだから…

閑話休題

「明治もの」はとかく警視庁草紙のラストが何とも言えない余韻を残す。幻燈辻馬車は下巻しかないので(今探せば上巻も容易に入手できるだろう)未読のままで、他にも歯抜けになっているものも多く、大好きではあるものの多くは語れない。「室町もの」も同様。

「忍法創世記」に関しては、三種の神器を扱っていて非常にセンシティブゆえ長らく世に出なかったという向きもあるが、単純に、読んでみて山田風太郎らしからぬテンポの悪さで面白みが感じられなかった。だから本人も生前積極的に世に出さなかったのではと私は考えている。

劇中劇と劇中とリアルワールドが融合した新聞連載小説

突然山風から別の作家に話が移るが、私は筒井康隆も好きである。エログロが好きなの?というツッコミが聴こえてきそうではあるが、そうではない作品もご両人とも生み出しておられる(強調)。

こちらは朝日新聞朝刊連載。もう成人しようかという年頃なので、大人ぶって(次は大二病か…)ニフティサーブ(当時)そのものと、ニフ経由でCompuServを嗜んでいた私であったが、筒井康隆がネットと新聞連載を連動させる実験小説を書く、と聞きつけ慌ててニフを解約しASAHIネットに移ったのは今はいい想い出。

当時としては、もう、それは全国の筒井ファンが山のように毎日押し寄せる訳ですよ。全部目を通すのは難しい。序盤こそちょこちょこ出現していた筒井康隆本人も中盤以降滅多にお目にかかることはなかった。すれ違ってただけかもしれない…ニフでも今でいう(比較すれば当時のものは可愛らしい)荒らし行為はたまに見かけたが、筒井作品ファンである、実験的なことが今まさに行われているのである、まかりまちがえば次回の掲載文に自分が作中のキャラクターとして出てこないとも限らないのである。狂騒である。まあ「お祭り」の先駆けのひとつだったんだろう。もちろん当時は心身壊して引きこもり自宅療養に精を出さねばいかん時期ではなく、学業バイトをそれなりにやってたので、BBS全部読み込んではいなかった。というか無理。筒井康隆本人も全部目を通していたかは不明。

でもその実験企画はとても刺激的で。当時も「やだ…なんでみんなこんなにギスギスしてるの…なにこのリアル家族八景…」と思いつつも、この新しいテクノロジーと新聞連載がどう収束していくのかに興味を惹かれて、BBSも連載もとばしとばししつつ、最期を見届けた。

その後しばらくして、BBSの書き込みを抜粋した本が何冊か出版された。1冊購入して読んでみたが、リアルタイムでBBS眺めて連載読んで以下ループ、というあのとてつもない熱量のコンマ数パーセントも伝えることができていなかった。これを再現するのは難しいだろう。

また話はそれるが、後年、劇場版エヴァンゲリオン(俗称・旧劇, 1997)公開直後、当時のガイナックス公式掲示板が荒れに荒れた光景を目の当たりにする機会があった…というか鑑賞後何となく閲覧に行ったのだが、その熱量もえらいことであった。当時いくつか投稿を保存していたけど、今となってはデータは残っていない。

なんだか山風だか筒井だかネット黎明期だかメタフィクションだか何の話になっているのかわからなくなってしまった訳だが

とりあえず

  • ネット黎明期以降の自分のふりかえり
  • 山風好きなのよね…
  • 筒井康隆も好きなのよね…
  • 挙げたもの見返したらメタフィクションのミルフィーユ状態な作品が好きという己の嗜好が発覚

隙あらば自分語りで

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

鴨長明『方丈記』

的な芸風でお送りしました。これからもこの芸風になりそう。

日記替わりだからいいや。

※文中敬称略

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